RAS (Return Address Stack)(RAS: アールエーエス)

RAS (Return Address Stack)(RAS: アールエーエス)

RAS (Return Address Stack)(RAS: アールエーエス)

英語表記: RAS (Return Address Stack)

概要

RAS (Return Address Stack)は、CPUの高性能化に欠かせないパイプライン処理において、関数呼び出し(サブルーチンコール)からの戻り先アドレスを高速に予測するために特化されたハードウェアスタック(バッファ)です。通常の分岐予測機構であるBHT(Branch History Table)が条件分岐の「方向」を予測するのに対し、RASはサブルーチン終了時(RET命令実行時)の「戻り先アドレス」という分岐のターゲットを予測する役割を担っています。これは、CPUの仕組み(命令セット, パイプライン)における分岐予測と投機実行、特に分岐ターゲット制御を担う、非常に重要な要素なのです。

詳細解説

RASの必要性と役割

現代のCPUは、命令を並列に処理するパイプライン構造を採用しています。このパイプラインを最大限に活用するためには、命令が途切れる「ストール」を極力避ける必要があります。特に、プログラムの流れを変える「分岐命令」はパイプラインの天敵です。

関数呼び出し(CALL命令)自体は、次に実行されるアドレスが確定しているため、比較的処理しやすい分岐です。しかし、関数が終了し、呼び出し元に戻る際(RET命令)は、戻り先のアドレスがプログラムの実行中にスタックに動的に格納されているため、通常の分岐予測機構では効率よく予測することができません。

もし、CPUがRET命令に遭遇するたびに、メインメモリにあるスタックから戻り先アドレスを読み出すのを待っていたら、高速なパイプラインは毎回停止してしまいます。これは非常に非効率的ですよね。

動作原理

ここでRASが登場します。RASは、この非効率を解消するために、スタックとは別にCPU内部に設けられた、非常に高速にアクセスできる専用のスタック(バッファ)として機能します。

  1. CALL命令の実行時: CPUが関数呼び出し命令(CALL)を実行する際、次に実行すべき命令のアドレス(戻り先アドレス)がスタックにプッシュされると同時に、そのアドレスのコピーがRASにもプッシュされます。
  2. RET命令の遭遇時: CPUが関数からの戻り命令(RET)に遭遇すると、CPUはメインメモリのスタックを参照するよりもはるかに速く、RASの最上位(トップ)にあるアドレスをポップします
  3. 投機実行の開始: ポップされたアドレスが、RET命令の次に実行される命令の予測ターゲットアドレスとして即座に使用され、CPUはパイプラインを止めることなく、そのアドレスから次の命令の投機実行を開始するのです。

この仕組みにより、サブルーチンのネストが深くなっても、CPUは常に正確な戻り先を予測し続けることができるため、分岐ターゲット制御の精度が飛躍的に向上します。これは、パイプラインの性能を維持する上で、極めて賢い工夫だと感じています。

分岐ターゲット制御における位置づけ

RASは、分岐予測と投機実行の全体構造の中で、「分岐ターゲット制御」を専門的に担います。

  • BHT (Branch History Table): 条件分岐の「方向」(分岐するか、しないか)を予測。
  • BTB (Branch Target Buffer): 分岐が確定した場合の「ターゲットアドレス」をキャッシュし、ジャンプ先を予測。
  • RAS (Return Address Stack): RET命令に特化し、「戻り先アドレス」を正確に予測。

このように、RASは特殊な分岐である「関数からの戻り」に特化することで、CPUパイプラインのボトルネックを解消し、全体のスループット向上に貢献しているのです。

具体例・活用シーン

1. ネストされた関数の処理

プログラミングでは、関数Aが関数Bを呼び出し、さらに関数Bが関数Cを呼び出す、といったネスト(入れ子)構造が頻繁に発生します。

  • AがBを呼び出す際、RASに「Aに戻るアドレス」をプッシュ。
  • BがCを呼び出す際、RASに「Bに戻るアドレス」をプッシュ。

そして、処理がCからBに戻るとき、RASから「Bに戻るアドレス」がポップされ、BからAに戻るとき、「Aに戻るアドレス」がポップされます。RASはスタック構造(LIFO: Last-In, First-Out)であるため、このネスト構造に完璧に対応できるのです。

2. 秘書のアシスタントメタファー

RASの役割を理解するために、忙しい経営者(CPU)と秘書(RAS)の例を考えてみましょう。

経営者がある重要な会議(メインルーチン)から、別の専門的なタスク(関数A)に移る必要が生じました。

  1. CALL時(タスク開始): 経営者は「このタスクが終わったら、必ず会議室Xに戻らなければならない」という情報を、すぐに確認できる専用の付箋(RAS)にメモし、机の端に貼ります。
  2. RET時(タスク終了): 経営者は、自分の分厚く複雑なスケジュール帳(メインメモリのスタック)をめくって戻り先を探す代わりに、机の端の付箋(RAS)をサッと見て、会議室Xに直行します。

もし、付箋(RAS)がなければ、経営者は毎回スケジュール帳を探さなければならず、そのたびに動きが止まってしまいます。RASは、この「すぐに戻るべき場所」を専用で記憶することで、経営者(CPU)がパイプラインを止めずに次の行動(投機実行)に移れるようにサポートしているのです。

資格試験向けチェックポイント

RASは、特に応用情報技術者試験や基本情報技術者試験において、CPUの高性能化技術に関する問題で出題される可能性があります。

  • 出題パターン1:機能の区別
    • RASの役割は、「サブルーチンからの戻り先アドレスの予測」に特化していることを必ず覚えてください。BHTやBTBとの違いを理解することが重要です。
  • 出題パターン2:パイプラインとの関連
    • RASの目的は、RET命令によるパイプラインのストール(停止)を防ぐことです。高性能なパイプライン処理を維持するために不可欠な技術であると認識しておきましょう。
  • 出題パターン3:構造の理解
    • RASはスタック構造(LIFO)を採用しているため、ネストされた関数呼び出しに強いという特徴があります。「スタック」というキーワードが、戻りアドレスの予測と結びつくことを意識すると解答しやすくなります。
  • 重要キーワード
    • 関数呼び出し、サブルーチン、RET命令、戻りアドレス、分岐ターゲット制御、投機実行。

関連用語

  • 分岐予測 (Branch Prediction): CPUがパイプラインの停止を防ぐために、次に実行される命令の流れを事前に推測する技術全般のことです。
  • 投機実行 (Speculative Execution): 分岐予測の結果に基づき、予測された経路の命令を先回りして実行することです。
  • パイプライン (Pipeline): 命令処理を複数のステージに分割し、並列に実行することで処理速度を向上させるCPUの構造です。
  • BHT (Branch History Table): 条件分岐の履歴を記録し、次に分岐するかどうか(方向)を予測するためのテーブルです。
  • BTB (Branch Target Buffer): 分岐が予測された際に、ジャンプ先のターゲットアドレスをキャッシュするためのバッファです。

  • 関連用語の情報不足:
    RASの具体的な実装(エントリ数やハードウェアの制約)や、RASミス(RASの予測が外れた場合)が発生した際の回復メカニズムに関する詳細な情報が不足しています。これらの情報は、より高度なCPUアーキテクチャの理解に役立ちます。

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この記事を書いた人

両親の影響を受け、幼少期からロボットやエンジニアリングに親しみ、国公立大学で電気系の修士号を取得。現在はITエンジニアとして、開発から設計まで幅広く活躍している。

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