Modbus
英語表記: Modbus
概要
Modbus(モドバス)は、産業用途の制御機器、特にPLC(プログラマブルロジックコントローラ)やセンサーなどの組込みシステム間で、信頼性の高いデータ通信を実現するために設計されたアプリケーション層の通信プロトコルです。その極めてシンプルな構造とオープン性から、工場やビルの自動化(FA/BA)分野において、周辺機器と中央の制御装置を結ぶインターフェースとしてデファクトスタンダード(事実上の標準)となっています。これは、コンピュータの構成要素の中でも、リソースが限られた環境で安定動作が求められる「組込み向けインターフェース」の代表格として非常に重要な役割を担っているのです。
詳細解説
Modbusがなぜ組込み向けインターフェースとしてこれほどまでに普及したのかを理解するには、その動作原理と歴史的背景を知ることが大切です。
1. 目的とアーキテクチャ
Modbusの主要な目的は、マスタースレーブ(Master-Slave)方式に基づき、制御装置(マスター)がフィールドデバイス(スレーブ)からデータ(温度、圧力、オン/オフの状態など)を読み取ったり、設定値(モーターの速度など)を書き込んだりすることを可能にすることです。
マスタースレーブ方式の仕組み
この方式では、必ずマスター側が通信を開始します。スレーブ側は、マスターからの要求に対してのみ応答します。これにより、通信の順序が明確になり、複雑な競合処理が不要となるため、特にリソースの少ない組込み機器にとって非常に扱いやすい設計となっています。これは、信頼性が最優先される産業環境において、非常に大きな利点です。
2. Modbusのデータ構造
Modbusが扱うデータは、シンプルに以下の4種類に分類されます。これは組込み機器のI/O(入出力)の概念と密接に結びついています。
| データ種別 | 役割 |
| :— | :— |
| Coil (コイル) | オン/オフの状態(出力)を制御します。例えば、リレーのON/OFFなど。 |
| Discrete Input (離散入力) | オン/オフの状態(入力)を読み取ります。例えば、スイッチの状態など。 |
| Holding Register (保持レジスタ) | 読み書き可能な数値データ(設定値など)を保持します。 |
| Input Register (入力レジスタ) | 読み取り専用の数値データ(センサー値など)を保持します。 |
これらのデータは、特定の「アドレス」に基づいて管理されており、マスターは特定のアドレスに対して「ファンクションコード」(読み取り、書き込みなど)を指定して要求を送ります。このシンプルかつ構造化されたデータ管理が、Modbusの堅牢性を支えています。
3. 通信方式の種類
Modbusはもともとシリアル通信(RS-232/RS-485)用に開発されましたが、現代のネットワーク環境に合わせて進化しています。
- Modbus RTU (Remote Terminal Unit):
最も古典的で、RS-485などのシリアル通信路を使用します。データがバイナリ形式でコンパクトに伝送されるため、高速で信頼性が高く、特に長距離の配線が必要な組込み環境で重宝されます。組込み向けインターフェースとしては、このRTU方式が原点であり、現在も広く使われています。 - Modbus TCP (Transmission Control Protocol):
イーサネット(TCP/IP)上でModbusプロトコルを使用する方式です。これにより、既存のITインフラストラクチャ(LAN)を利用して制御データをやり取りできるようになりました。現代の工場や大規模な設備では、このTCP方式が主流になりつつありますが、基本的なデータ構造やマスタースレーブの考え方はRTUから引き継がれています。
4. 組込み向けインターフェースとしての重要性
Modbusは、複雑なOSや高度なネットワーク機能を持たない、小型で安価な組込み機器でも容易に実装できるように設計されています。プロトコルスタックが非常に軽量であるため、デバイスのリソース消費を最小限に抑えつつ、確実なデータ交換を実現できる点が、このカテゴリ(周辺機器とインターフェース → 組込み向けインターフェース)において決定的な強みとなっています。
具体例・活用シーン
Modbusは私たちの生活の裏側にある様々な産業設備で活躍しています。
-
工場の自動生産ライン:
- 中央のPLC(マスター)が、各製造装置(スレーブ)に接続された温度センサー(Input Register)から現在の温度を定期的に読み取り、異常があればヒーター(Coil)を停止させる制御を行っています。
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ビル管理システム(BMS):
- 空調設備や照明の制御盤(マスター)が、各フロアの換気扇やダンパー(スレーブ)に対して運転モード(Holding Register)を書き込み、エネルギー効率を最適化します。
-
太陽光発電システム:
- ソーラーパネルのインバータ(スレーブ)が発電量やエラーコードをModbus経由で監視装置(マスター)に報告します。
アナロジー:職場の伝言ゲーム
Modbusの動作を理解するための良い例として、「工場長と現場の作業員とのシンプルな伝言ゲーム」を考えてみましょう。
大規模な工場長(マスター)が、現場の多数の作業員(スレーブ)に指示を出す必要があります。もし工場長が一人ひとりの作業員に対して複雑な会話や長文のメールを送っていたら、時間がかかり、指示が混乱してしまうでしょう。
Modbusは、この複雑さを排除した「定型化された伝達シート」のようなものです。
- 工場長がシートを渡す: 「作業員Aへ。ファンクションコード:読み取り。アドレス:温度センサーの値。」
- 作業員Aがシートに記入して返す: 「温度センサーの値:25.5度。」
この伝達シートには、Coil、Registerといった明確な記入欄(データ種別)があり、会話の要素は一切ありません。工場長は他の作業員(B、C、D…)に対しても、同じ定型シートを次々と送るだけで、確実に情報を収集・制御できます。
このように、Modbusは「誰が、何を、どうする」という情報を最小限のパケットにまとめ、一対一のシンプルなやり取りを繰り返すことで、多くの機器を効率的かつ確実に制御するインターフェースとして機能しているのです。これは、複雑な通信プロトコルよりも、確実な動作が求められる組込み環境に最適化された設計思想を表しています。
資格試験向けチェックポイント
IT系の資格試験、特に基本情報技術者試験や応用情報技術者試験では、IoTやFAの文脈で産業用プロトコルの知識が問われることがあります。Modbusについては以下の点を押さえておきましょう。
- 産業用プロトコルの代表例:
Modbusは産業制御システム(ICS)で最も広く使われるプロトコルの一つである、という認識が重要です。IT Passport試験などでは「FAやIoTで使われる通信プロトコルはどれか」という選択肢として登場する可能性があります。 - マスタースレーブ方式の理解:
Modbusの通信形態は、必ずマスター(クライアント)が通信を開始し、スレーブ(サーバー)が応答するという「マスタースレーブ方式」であることを覚えておきましょう。これは、一般的なピアツーピア(P2P)通信との違いとして認識しておくべき点です。 - Modbus RTUとModbus TCPの区別:
Modbus RTUはシリアル通信(RS-485)、Modbus TCPはイーサネット(TCP/IP)を使用する、という違いを把握しておく必要があります。特に、Modbus RTUが「組込み向けインターフェース」の古典的な形態である点を理解しておくと、文脈を捉えやすくなります。 - アプリケーション層プロトコルであること:
ModbusはTCP/IPのどの層で動作するか問われた場合、「アプリケーション層」プロトコルであると答えられるようにしましょう。データそのものの意味(コイルやレジスタ)を定義しているためです。
関連用語
Modbusは産業用プロトコルの分野に属しますが、この分野は非常に専門的であり、IT系の資格試験の文脈で問われる関連用語は限られています。
- 情報不足
- Modbusと直接関連し、IT資格試験で頻出する周辺機器やインターフェースの用語(例:PLC、RS-485、OPC UAなど)についての情報が不足しています。特に、Modbusの代替または上位プロトコルとして機能する「OPC UA」や、Modbusが組み込まれる主要な機器である「PLC」については、学習を進める上で併せて確認することを推奨いたします。